■ タイトル: 空っぽの鎧
カナは、19歳、拒食症患者だ。体重は、身長160㎝もあるのに、42㎏しかない。もうこれ以上痩せてはいけない。
カナは食べないといけないと、分かっている。けれど食べれないのだ。
彼女の中には三つの人格が住んでいる。
鑑の前に立つと、やせこけた姿はまるで老婆のようだ。
「あなたって、まるでおばあさんみたい。」
それはカナの中の『自己批判者』の声。厳しく、冷酷で、彼女のすべての失敗を責め立てる。体重、友達とのすれ違い、すべての責任を彼女自身に押し付ける声だ。
「どうして、私はこんなにみっともないんだろう… みんなはもっと健康で美しいのに。」
その声は『無価値観のパーツ』。被害者としての自分が顔を出す。批判者の言葉を真正面から受け止め、縮こまり、涙をこらえる。
しかし、涙をこらえきれず、静かな絶望が彼女を包む。胸が締めつけられ、息苦しささえ感じる。「何をやっても無駄」「誰も私なんて必要としていない」という思いが、頭の中でぐるぐると渦巻く。
そして、もうひとつの声が囁く。
「大丈夫よ、食べなければいいのよ。」
『拒食するパーツ』――カナの唯一の救済者だ。「助けに来たわよ」。我を忘れるカナ。拒食することは、カナにとって生きることのすべてなのだ。
しかし、それは刹那の安堵だ。食べない日が続くと、再び『自己批判者』の声が響き渡る。
「少し食べないと」「でも、食べたら、気持ち悪くなるわ」
そして、過食し、嘔吐する。嘔吐すると、少しスッキリする。これで大丈夫。少なくともしばらくは。
こうして、負のサイクルが繰り返される。
■ 気づき
ある日、カナはふと気づいた。
こんなふうにしている限り、どこにも出口はない。
彼女はセラピーを受けることを決意した。
セラピストは言った。「カナ、君の中の『批判者』も『被害者』も、みんな君を守ろうとしているんだよ。厳しくすることで、失敗を防ごうとする。でも、本当に必要なのは、もっと優しい言葉なんじゃないかな?」
カナは最初、その言葉を信じられなかった。でも、少しずつ、食べることに罪悪感を抱かず、自分に優しく話しかける練習を始めた。
「今日はつらかったね。でも、ちゃんとやってるよ。」
そして、拒食するパーツに対してもこう言った。
「ありがとう。守ろうとしてくれて。でも、今は深呼吸をしてみるね。」
何度も何度も失敗しながら、少しずつ、カナの中の声たちは穏やかになっていった。
ありがとう…と何度も繰り返すカナは家族の目には、宙にいる見えない人と会話する変な人のようで、家族は、本当にカナが壊れてしまったのではないかと心配した。
セラピストは言う…
「大丈夫ですよ。みなさんが通る道なんです。」
「それよりも、カナさんの内なる批判者の声は、ご家族の誰の声に似ていると思われますか?」
そう聞かれた家族たちは、互いに顔を見合わせては、首をすくめるのだった…。
「お父さんの声じゃない…?」とおそるおそる母親が水を向けると、父親は、むっとして、「なんだって?子育てはお前に任せたと言ったじゃないか!」と母親を責める。母親は小さくなってしまった…。すると、母親を案じたカナの姉が、仲裁に入り、「パパもママも頑張っていたわよ。カナも私も、幸せだったわ。だから、喧嘩しないでよ…」と涙ぐむ。
その様子を見て、セラピストは、なるほどな…と思わずにはいられなかったのだ。
カナしか、この家族の病理をSOS信号として出す子がいなかったのだ。
しかし、カナはこの内なる家族システムともいえる心の声と早急に解決をつけなくては、もはや体のほうが持つまい…
家族がこの子を精神的に食い殺してしまう前に…なんとか救済しなくては…
どんな手が打てるだろう…とセラピストは考えるのだった。
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