ある町に、シングルマザーの美咲と、その二人の娘、姉の結衣と妹の菜々が暮らしていました。
美咲は女手一つで二人を育てるために、昼も夜も働き詰めでした。
特に、妹の菜々は私立の学校に通っており、その教育費がかさみ、家計は常に火の車でした。
姉の結衣は、母の苦労を見て育ち、自分の欲しいものを我慢することが当たり前になっていました。学校の制服が古くなっても、友達と遊びに行くお小遣いも、何もかも家計に譲るのが当たり前。
そんな彼女を美咲は不憫に思っていました。
ある日、母親の美咲は、長女の結衣の靴がもう小さくなっているのを見つけました。
考えてみると長女はもう6年生。長女の靴は、二女が履けます。それにどうせ中学生になったら、すべての親がローファーを買い与えるのです。
美咲は、「どうせ来年、必要だから」と、上質な皮のローファーを結衣に買い与えました。
「ありがとう、お母さん。でも、クラスのみんなは、履いていないよ?」
結衣は、本当は、クラスのみんなに冷やかされるのが怖かったのです。遠慮がちに微笑みながら、そう言いましたが、母の美咲は「みんな、なんて気にしないで、いいのよ」とだけ言いました。(共感されなかった結衣)
しかし、それを見た妹の菜々は、途端にむくれ顔になりました。
「なんでお姉ちゃんばっかり! 私にはお古ばっかり!」
妹の不満に、母親の美咲は、困り果てました。
「菜々、あなたには毎月の授業料やバス代、電車代にたくさんお金がかかってるのよ」と説明しましたが、2年生の菜々には、まだその意味が分かりません。「学校のお友達はお小遣い3000円なんだよ!なんで家は500円なの?」「だって、お姉ちゃんだって500円で文句言っていないでしょう?」優しく諭す母でしたが、まだ幼い菜々にとっては、クラスのみんなの中で、自分の家だけが貧乏なこと、目の前で姉だけが新しい靴を手に入れたことがすべて、でした。
やがて、菜々は泣き出し、母親はため息をつきながら、結衣に目を向けました。
「ごめんね、ママ、もう仕事に出なきゃならないわ。結衣。ちょっと菜々をなだめるの、手伝ってくれる?」
結衣は妹をなだめる役を自然と引き受け、優しく話しかけました。
「菜々、これはえこひいきじゃないんだよ。ママは菜々のことも大好きなんだよ。」
それでも、菜々のすねた顔は、なかなか晴れません。
美咲は苦笑いしながら、結衣に小さな声で「いつも助けてもらってごめんね」と呟きました。
「大丈夫よ、ママ。」
結衣は涙ぐみながら、微笑み、またひとつ、自分の気持ちを抑えるのでした。本当は自分だって、まだ親が必要な年齢なのです。でも、この状況では、どうしようもないことが姉の結衣には、分かっているのでした。母がどうしようもないことも。
自分を犠牲にして母と幼い妹を支えようとする結衣の姿は、母親の美咲の胸を締め付けました。
「この子たちのためにも、私が頑張らなくては…」
節約を心がける結衣…、まだ幼く自己中心的な妹の菜々…同じ子供でも、こうも違うのか…と母親である美咲は考えずにはおれません。
だとしても、自分が働いている間、まだ幼い菜々をみれるのは、結衣しかおらず、結衣を頼るしか、今はありません。
姉妹は助け合ってほしい、けれど… 美咲の悩みは尽きることがありませんでした。
■ 第二章
ある日、突然、姉の結衣のアパートに妹の菜々が転がり込んだ。田舎を捨てて都会にいる姉の元に居候に来たのだった。
結衣28歳、菜々は24歳になっていた。
今では、二人とも社会人になり、それなりに仲の良い姉妹を演じていた。だだ、結衣は、菜々といると、なぜか心からリラックスできない。菜々も菜々で、姉のことを疎ましく思っているようだった。
結衣は、エンジニアになった。もともとが集中力が高く、仕事の能力が高かったので、職場での努力が認められ、初めて、大きなプロジェクトを任されることになり、大事な時だから、と良いスーツを新調することに決めた。
一方、妹の菜々は自由人で、海外でのんびり暮らすことを考えたいタイプ。ブランド品や外食には興味がないようだったが、おしゃれが好きで、お化粧を楽しみ、姉のようにキャリアアップすることなど考えもしなかった。
結衣が新しいスーツを着て颯爽と出勤する姿を見た菜々は、不満げに思った。
「なんでお姉ちゃんばっかり…いいことが起こるんだろう。神様は不公平だわ」
結衣は、そんな菜々の思いを見透かして、苦笑いしながら、「今度、可愛い服を買いに一緒に行こうね」と言ったが、菜々は待つ気なんてなかった。
結衣が仕事で外出している間に、菜々は玄関にそろえてあった、結衣お気に入りのとっておきのピンクのパンプスを履いて、ちょっとした買い物に出かけた。帰ってきたとき、その靴は見た目には分からないが、少し伸びていた。でも、黙っておけば分からないと菜々は思った。
それから、しばらくたったある日、結衣がその靴を履いて出かけたら、つま先が痛い。
帰宅後、結衣は顔をしかめて、ため息をついた。
「ねぇ、菜々、この靴、履いたでしょう。どうして勝手に履いたの? これ、気にいってたのに、のびちゃってるじゃないの…。つま先が痛くなっちゃったじゃないの」
「…。ごめんね…でも、ちょっと買い物に行くだけだったし、大丈夫だと思ったの。」
結衣は怒る気力もなく、結局、その靴を菜々に上げてしまった。
「もういいわよ、この靴、私が履いても痛いし、皮だから伸びてしまってはもう、元には戻せないわ」
菜々は、結衣から靴をせしめるつもりまではなかったけれど、結果的にはそうなってしまった…。靴はくれたけど…、欲しかったのは、靴じゃなかった。
菜々はなんか悔しかった。そんな小さなことで怒らなくてもいいじゃん、新しいの買えばいいじゃん、と思うのだった。お姉ちゃんなんだから、それくらい楽勝でしょ…
姉の結衣のほうも、「やっぱり、この子といると、なぜか疲れるし、お金も余計にかかるんだわ…でも、妹なんだし…」と、出て行ってとも言い出すにも些末なことすぎる気がするし、とスッキリしない思いが残るのだった…。
しかし、ほどなくして、結局、姉妹は、それぞれ別々に暮らすことにした。
■ 第三章
それから30年の月日が流れた。
ある日、母親の美咲が病気になり、入院することになった。
結衣は母を支える覚悟をしていたが、これまで築いてきた仕事を捨ててしまうことは、共倒れの道になると思われた。
今こそ姉妹が力を合わせるしかない…そう考えた結衣は、菜々に30年ぶりに連絡を取った。
「菜々、お母さんの面倒を一緒に見てくれないかな?」
結衣が頼むと、菜々はあっさりと言った。
「えー?無理。 私には仕事があるし、子供たちも今手が離せないし、忙しくて無理よ。お姉ちゃんの方が、しっかりしてるし、ママもお姉ちゃんに任せた方が安心なんじゃない?」
結衣は深いため息をついた。「私だって仕事があるのよ。でも、お母さんのことを放っておくわけにはいかないでしょう?」
「私は生活費もギリギリだし、介護に時間なんて割けないよ。それに施設に入れるとか考えたら?」
菜々は当然のように言い放ったが、結衣には、自分にそんな余裕がないことを知っていた。
一方の菜々は、やっと自分が、姉と対等の立場で会話が出来ているような気がした。
結衣のほうは、とても菜々の提案など受け入れられないと思った。
苦労して女で一つで、育ててくれた母なのだ…
結局、結衣は母の介護と仕事の両立を引き受けることになり、自分の時間を削っていった。
母親の美咲は、苦労して、二人を育ててくれた。いつも「姉妹は助け合って生きていくのよ」が口癖だった。
それなのに、なぜ、菜々がこんなひどい仕打ちをできるのか?結衣には、全く分からなかったのだった…。
「お母さん、菜々のこと、分かる?今、電話に出ているよ」
「菜々、元気?今どこにいるの…、ああそう…、ママはね…」
年老いた美咲は、末っ子の菜々の心配しか、話したいことはないみたいだった。
「結衣、私が死んだら、菜々をお願いね。あなたのことは心配ないけど、私は菜々のことがホントに心配なの。あの子は甘えんぼだったから…」
「分かってるわ、お母さん…」
結衣は、そんな、子を思う母親の思いは、全く菜々の心には届いていないのだ…と思うと、心の中に黒いものを持っているようで、それでまた、そんな自分が嫌になるのだった…。母が菜々の話をしないでいてくれたらいいのに…、つい、そんなことを老いた母親に対しても、思ってしまう自分が嫌だった。
というわけで、母親の入院は結衣にとっては精神的に重荷になった。
結局、幸いにというべきか、美咲は、それからほどなく亡くなった。穏やかな死だった。
結衣は、正直ほっとしたんだが、ほっとしたらしたで、今度はほっとしてしまう自分が情けなかった…。
そして、結局のところ、なんで、こんなにも深く家族を愛したのに、一家がバラバラになる羽目になったのだろうか、自分の何が悪かったのだろうか…、本当はどうしたらよかったのだろうか…と、いつまでも考えてあぐねてしまい、親を失ったという喪失感よりも、なぜ、なぜと繰り返し反芻してしまう。
これでは自分の思考に殺されてしまうんではないか?と、心療内科を受診したところ、介護疲れの鬱病ということで休職を勧められたのだった…。
休職しないでいいように、頑張ったのに…。
結衣の中では、何かが違う、と感じるのだった。
そうじゃない。
私はお母さんの看取りで疲れたんじゃないの…何かもっと別の物…何だかわからないけれど、何か、もっと大きな力で動かされていると感じる、と、結衣は思った。
お母さん、あなたは何を私に置き土産にしたの…
仕事帰り、暗い夜道をスーパーの白い買い物袋を提げて、力なく歩く結衣。夜空を見上げて、途方に暮れ…。たった一人、人生という大海に放り出された小さな木の葉なのだ…そんな気持ちになっている、結衣なのだった。
■ スキーマとメンタルブロック
スキーマ(考え方や価値観のパターン)
-
自己犠牲のスキーマ
- 結衣は「自分の気持ちや欲望を抑えて他人(特に家族)を優先することが美徳」と考えている。
- 幼少期から母や妹のために我慢することを自然なものと受け入れており、それが当たり前だと思い込んでいる。
-
責任感のスキーマ
- 結衣は「重要な役割を担うのは自分であるべき」という強い責任感を抱えている。
- 母の介護や妹の問題解決を自分一人で引き受けようとする。
-
無力感のスキーマ
- 家族内で何度も「どうしようもない」という状況に直面してきたことで、結衣は「自分では現状を変えられない」と感じている。
- 菜々や母の態度に対して諦めるような反応を繰り返している。
-
家族への執着スキーマ
- 「家族は助け合うべき」「家族を愛するのは当然」という信念が結衣に根付いており、それが彼女を縛っている。
- 美咲が言った「姉妹は助け合って生きていくのよ」という言葉が、結衣にとって呪いのように機能している。
-
承認欲求のスキーマ
- 結衣は母や家族から認められることを求めているが、その承認が得られず、苦しんでいる。
- 母が菜々の心配ばかりすることが、結衣の自己価値感を低下させている。
メンタルブロック(心理的障害や妨げ)
-
自己肯定感の欠如
- 幼少期からの「自分の欲望は二の次」という考え方が強化され、自分自身を大切にする感覚が乏しい。
- 自分を犠牲にすることでしか家族に価値を提供できないと思い込んでいる。
-
他者との境界線の欠如
- 結衣は家族に対して明確な境界線を引けないため、無理な要求を受け入れたり、感情的に消耗してしまう。
- 菜々や母に対して「ノー」を言えない。
-
怒りの抑圧
- 結衣は自分が感じる不満や怒りを抑え込んでおり、それが内向的なストレスとして溜まっている。
- 菜々に靴を勝手に使われた時や、母が菜々ばかり心配する時など、本来なら怒りを表現すべき場面で沈黙してしまう。
-
自己効力感の欠如
- 結衣は「自分が頑張っても、何も変わらない」と考えており、行動を起こす意欲を削がれている。
- 菜々との関係や母親の介護においても、相手を変えることができない無力感が影響している。
-
罪悪感の固定化
- 「母や妹を十分に支えられていない」「家族が幸せでないのは自分の責任だ」といった罪悪感が強く、これが自己批判を生んでいる。
- 美咲が亡くなった後も「もっと良い娘でいられたのではないか」と自問し続けている。
-
期待と現実のギャップ
- 「姉妹は助け合うべき」という理想が、現実の菜々との関係と大きく食い違っており、失望感を生んでいる。
- 家族からの愛や助けを期待する一方で、それが得られないことに無意識に傷ついている。
■ 健全な認知と昇華
それぞれのスキーマに対する健全な大人としての認知と昇華について考えていきます。
この物語における結衣と菜々、そして母親美咲の感情や行動に基づいて、以下のように対応していきます。
1. 結衣のスキーマ
主なスキーマ:
-
自己犠牲スキーマ
承認欲求スキーマ
健全な認知:
-
自己犠牲スキーマへの認知
- 他人を助けることは素晴らしいが、それが自分の健康や幸福を犠牲にして成り立つ場合、境界線を引く必要がある。
- 「助け合う」関係は一方通行ではなく、自分を大切にすることも他人にとって良い影響を与える。
-
承認欲求スキーマへの認知
- 自分の価値を他人の評価に依存しない。「自分が自分をどう思うか」に基準を置く。
- 承認されなくても、自分がベストを尽くしたと確信できることが大事。
昇華のアプローチ:
- セルフケアを優先する習慣を作る(例:趣味や友人との時間を大切にする)。
- 仕事や家族との境界線をはっきりさせ、無理な要求を受け入れない。
2. 菜々のスキーマ
主なスキーマ:
- 特権スキーマ
- 依存スキーマ
- 未熟な自己スキーマ
健全な認知:
-
特権スキーマへの認知
- 自分が特別だからではなく、努力や貢献が他者からの尊重を得る理由になる。
- 他人の犠牲の上に成り立つ利益は、長期的には自分にも悪影響を与える。
-
依存スキーマへの認知
- 他者に頼ることが悪いわけではないが、自立する力をつけることで、本当の自由を得られる。
- 「助け合い」と「依存」は異なる。
-
未熟な自己スキーマへの認知
- 成長には不快な選択も必要。短期的な快楽よりも長期的な幸せを選ぶ。
- 責任を取ることは、自分の人生をコントロールする力になる。
昇華のアプローチ:
- 小さな責任を引き受け、成功体験を積み重ねる。
- 金銭や時間の計画を立て、自分の選択の結果を管理する力を養う。
- 自己肯定感を高めるための目標を設定し、達成感を得る。
3. 美咲(母親)のスキーマ
主なスキーマ:
- 自己犠牲スキーマ
- 過剰期待スキーマ
健全な認知:
-
自己犠牲スキーマへの認知
- 親であることと、自分の幸福を犠牲にすることは同義ではない。
- 自分の幸せを見つける姿を子供に見せることも、教育の一環である。
-
過剰期待スキーマへの認知
- 子供たちはそれぞれ異なる個性を持ち、同じように行動することを期待するのは無理がある。
- 親として期待を押し付けず、子供の選択を尊重する。
昇華のアプローチ:
- 自分の趣味や興味を見つけ、親以外のアイデンティティを育てる。
- 子供たちと「助け合い」ではなく、「個々の幸せ」について話し合う。
- 自分の人生に満足することで、過剰な期待を子供たちに投影しない。
総合的な昇華のプロセス:
-
家族間の対話
すれ違いや誤解がある場合、それを言語化して共有する場を設ける。感情を伝える練習が必要。 -
境界線の設定
お互いの役割や期待を明確化し、無理な負担を避ける。 -
自己肯定感の向上
家族関係に囚われすぎず、個々が自分自身の幸福を追求する力を持つ。 -
健全な家族モデルの再構築
助け合いだけでなく、個々の自由や幸福を尊重する家族の在り方を模索する。
0 件のコメント:
コメントを投稿