あるところに、今にも沈みそうな泥の船をこしらえて、仲間を誘っては乗る、そんなたぬきどんがおった。
泥の船には、ほかにウサギどんとカメどん、それに犬が乗っていた。しばらくは楽しく景色を眺めながら乗っていた船だが、泥の船だったので、だんだんと浸水するようになってきた。
言い出しっぺのたぬきが、一生懸命、泥の舟から、水をかきだしているのを見て、犬が言った。
「なんか大変そうだね」
そして、たぬきと犬は、一緒に力を合わせて、船から水をかきだした。
でも、ウサギとカメは、泥の舟が沈みそうなのを見ても、おろおろするばかり…。
犬は、言った。「君たちも手伝ってよ!」
ウサギは、言った。「僕、ウサギだから無理だよ。それに、のろまのカメに水をかいてもらっても、何の足しにもならないよ」
それを聞いた犬は、バカらしくなって、「ごめんね、たぬき君。僕、先に行ってるよ」と言って、犬かきして泳いで行ってしまった。
それを見たカメは、「ずるい!犬なんだから、もっとタヌキを助けるべきだ!」と言った。
「泥船に乗っている僕たちを助けてくれないなんてひどい」
そして、相変わらず、たぬきが一生懸命水をかくのを、頑張って~と言いながら見ていた。
しかし、終に泥の船は沈み始めた。
ウサギが言った。「僕、泳げないんだよぉ。死んじゃうよぉ」
そして、一番端っこの良いところに立っていたんだが、結局、舟は沈んでしまった。
たぬきがウサギの手を引っ張ったが、ウサギは悲しい目をして溺れてしまった。
カメは?というと、カメにとっては水は住処と同じことだったのだ。
ウサギが死んじゃったと嘆く狸の声が遠くで聞こえた犬は、大急ぎで戻ってきたけど、結局、溺れてしまったウサギを見ることしかできなかった。
その時カメは、「お前のせいだぞ、犬。お前が悪いんだぞ」と言った。「お前がタヌキを手伝わなかったから、ウサギは死んだんだぞ」
犬は、そんなことあるもんか!と思ったが、チクリと心に棘が刺さったみたいな気がした。
ホントは、俺のせいなの…?
たぬきは、相変わらず、溺れているウサギと泳いでいるカメを救おうとしていた。たぬきの大きなお腹が浮き輪になって、狸自身は、何もせずとも浮いていられるのだった…。
犬かきで泳いでいる犬は、タヌキみたいに悠長に浮いてはいられない。さっさと陸に上がりたいと泳いで行ってしまった。
陸に上がる犬の背にカメがくっついていたが、犬は気が付かなかった。陸につくと、カメは、よっこらしょ、水辺の草むらにそっと隠れた。
陸に立ち上がると、犬は、ぶるんと身震いして、水を振るい落とした。
そして、濡れた体を乾かすために、温かい日向の岩の上に座って体を丸めると、たぬきがウサギを助けられなかったのは、自分のせいなのかどうか、長いこと考えることになったのだった。
カメのほうは、自分がそんなことを言ったことすら忘れて、もう泥の船はこりごりだ、とだけ言った。
タヌキは、タヌキで、また泥の船をこしらえて、一緒に乗ってくれる仲間を集めるのだった。
■ 解析
この物語は、心理学的な視点から、家族やグループ内での「機能不全のダイナミクス」を象徴している。
それぞれのキャラクターに対応する心理的役割や行動パターンを以下のように説明できます。
1. タヌキ:救済者/自己犠牲的なヒーロー
- 特徴: 泥の船を作った発案者であり、問題が起きると率先して解決しようとする。しかし、自分の限界を無視して他者を救おうとすることで、自分も疲弊していく。
- 心理学的視点: タヌキは「過剰適応者」または「共依存的役割」を担っています。このような人は、他人を助けることで自分の価値を感じますが、助けられる人たちが成長する機会を奪うことにもつながります。また、「修復者」の役割を果たそうとするため、無限ループに陥ります(泥の船をまた作るのもこの象徴)。
2. 犬:巻き込まれるが自立を試みる現実的な人
- 特徴: 一度は助けようとするものの、自分の限界を察して抜け出そうとする。罪悪感を抱えながらも、自分を守る選択をする。
- 心理学的視点: 犬は「個別化を目指すメンバー」に見えます。機能不全な環境から抜け出そうとしますが、罪悪感や他者からの非難に囚われやすい。これは、家族内で「スケープゴート(責任転嫁の対象)」にされる人が抱える葛藤とも重なります。
3. ウサギ:依存的で無力化された人
- 特徴: 自分の役割を無力だと言い訳し、困難に直面しても対処しようとしない。最終的には他者に依存し、自らは行動を起こさない。
- 心理学的視点: ウサギは「無力な被害者役」を体現しています。この役割を持つ人は、他者に助けられることでしか生存できないと信じています。この態度は、依存的な行動を強化し、周囲にフラストレーションを与えることが多い。
4. カメ:傍観者/批判者
- 特徴: 自ら積極的には動かず、結果を傍観する。そして、状況が悪化すると他者を非難し、責任を負おうとしない。
- 心理学的視点: カメは「批評家」の役割を果たしています。機能不全な家族やグループでは、このような人が責任を取らずに他人を批判することで、状況の悪化を助長します。また、自分に都合の悪い記憶や行動を忘れ、自分を守る傾向があります。
5. 泥の船:機能不全なシステムそのもの
- 特徴: 初めから安定せず、少しずつ浸水していく。乗り手たちはそれを修復しようとするが、根本的な解決策には至らない。
- 心理学的視点: 泥の船は「機能不全な家族システム」や「崩壊しつつある共同体」を象徴しています。構造そのものが不安定であり、努力しても修復不可能な状況があることを示しています。
6. ダイナミクスの心理学的解釈
この寓話には、機能不全な家族やグループの典型的なパターンが含まれています:
- 役割の固定化: 各キャラクターが特定の役割(救済者、被害者、批評家、スケープゴート)を持ち、役割から抜け出せない。
- 責任転嫁: カメが犬を非難するように、問題の責任を押し付け合う。
- 境界の曖昧さ: 泥の船という共有の空間が、全員の不安定さを強調している。
- 反復行動: タヌキが再び泥の船を作るように、問題解決に至らず、同じパターンが繰り返される。
まとめ
この寓話を通じて、「個々が適切な役割を果たさないと、全体が崩壊する」という教訓が浮かび上がります。心理学的には、健康なグループや家族では、役割が固定化されず、互いに協力し、責任を分担することで、困難を乗り越えることができます。この寓話に描かれる問題は、固定された役割や相互不信が招く機能不全を象徴的に示していますね。
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