2022年10月30日日曜日

蝶を捉えた青年と蝶が止まった青年の愛の話

ある晴れた春の気持ちの良い陽気の日、森の中の開けた野原で、二人の青年がのんびり休んでいると、ひらひらと美しい蝶が舞ってきました。

一人目の青年は、「きれいな蝶だな!持って帰ろう!」と思い、さっそく追いかけます。

追われた蝶は、あちらへひらり、こちらへひらり。青年は何とか、蝶を捕まえました。でも、蝶のほうも逃げ疲れて、弱ってしまったためでした。青年が蝶を手に入れたのち、しばらくして、蝶は死んでしまいました。たとえ生きて家に連れ帰ったとしても、餌に何を与えたらいいのか、青年は分からなかったので、蝶は死ぬことになったでしょう…

二人目の青年のところには、ひらひらと蝶が舞ってきました。青年は、息を殺し、じっとしています。興味を持った蝶が、近づいてきたので、青年が腕を出すと、止まりました。青年は、しばらく蝶を眺めていました。「本当にきれいな模様だなぁ…」見ている間に、蝶はひらひらと舞いながら、去って行きました。その間、数秒、数分もなかったことでしょう。

さて、その後、二人の青年のうち最初の一人は恋人を見つけ、結婚しました。

一人目の青年は、妻になった美しい女性に、ほかの男性を見てもいけない、しゃべってもいけないと言い、もし、自分が嫉妬をすることが無くなれば、それは愛がなくなった時だ、と伝えました。

妻となった女性は、夫を愛していましたが、夫の嫉妬に脅えて暮らすことになり、なぜ自分は愛されているのに苦しむのだろうか?と長年、疑念を抱くことになりました。

もう一人の青年は、僧になり、多くの人を慈悲のこころで助ける人になったそうです。

おしまい。

■ 恋愛と執着

さて、青年たちは、どちらが蝶を愛していたのでしょう?

というのがお話のテーマです。

世間の誤解に、永遠の愛、という幻想あり、それが人を苦しみに駆り立てる大誤解なのだよ、というお話です。いわゆる”愛”は、仏教では執着です。良いもの、人生を豊かにするもの、ではなく、人生を苦しみで染めるもの、です。

主眼:愛別離苦 愛していても、別れは来る。本当の愛とは、別れを受け入れるもの。

幼児決断:愛=所有したい
出来たスキーマ: 失いたくない
健全な大人の認知: 愛していても、恋人は別人格・別人生 
メンタルブロック: 愛しているなら、恋人に執着するのは当然だ
昇華:恋人は専有物ではない、恋人には恋人の人生を経験させる

業の結末(教訓): 永遠の別離(死)や愛憎の苦悩

■ 着想

こちらのYoutube動画から着想をえました。

https://www.youtube.com/watch?v=DpKENKhFOQo

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